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荏子田横穴(かんかん穴)

私事で恐縮ですが、私の家は横浜市と川崎市の境界線、横浜側に立っています。大体、境界線は分水嶺等に引くようですが、これに漏れず私の家の北側道路上で立小便をすると多摩川に流れ込み、南側ですると鶴見川に流れます。正確には、近くの早渕川という鶴見川支流の川に流れこんでからですが。

①かんかん穴
また、江戸時代頃の古い地図を見ると、私の家のあたりに、「おおかみ穴」との記述があります。

今回はこの早渕川と穴がキーワードです。

右の写真は、近所にある荏子田横穴という横浜市指定史跡です。なんでも7世紀頃に、近隣の豪族が作った墳墓ではないかとの事です。(写真①

別名「かんかん穴」と呼ばれているのですが、横穴を「かんかん」って何か不思議な感じがしませんか?何かキツネが鳴いているような、犬が吠えているような名前の穴。やはり、おおかみ?疑問は尽きません(笑)。

先にお話しした早渕川は、昔は、名前の如く、ちょっと増水すると直ぐに氾濫したようです。

また、鶴見川に流れ込むまでにかなりの田園を潤しているのもこの川のおかげのようです。

その流域に多少の力を持つ豪族が出るのも分かりますが、まあ豪族と言っても、地元の米収穫が多少多い富農家的なものだったのではないかと想定されます。

私の家のあたりの「おおかみ穴」というのも、大元は、それは日本オオカミか何かが作った穴があったのかもしれませんが、要は早渕川が氾濫しても、この穴まで浸水することは絶対にない小高い丘の上にあります。

このあたりは、一部の人たちが氾濫時に難を逃れる緊急避難所だったようです。この穴は、緊急時の食物等を貯蔵したりするのに使われていたのではないでしょうか?「おおかみ穴」という呼称にすれば、平常時にあまり人が寄り付かなくて都合が良かったのではと深読みしてしまいます。
②横穴内部

もしかしたら、この荏子田横穴も、確かに7世紀には墳墓になったのかも知れませんが、以前はオオカミが掘った巣の横穴か何かを、早渕川氾濫に対応するための貯蔵庫とかに使っていたのではないでしょうか?

荏子田横穴が、早渕川に対して少し高いところにあり、氾濫の影響が少ないという私の近所との類似性から、勝手に想像してしまいました。

ちなみに内部は切妻造と言って、左の写真のように家のような形に造られ、当時の有力者の居宅を表現したものとの事ですが、ますます、緊急避難的な場所だったのでは?と思っちゃいますね。(写真②

では、今回はこのあたりで。

【荏子田横穴】神奈川県横浜市青葉区荏子田1丁目7−1